1デイRPG/おいしい食事/人生展開不明論/エアコンのない家/なるべくする

1デイRPG

まるでRPGを生きているかのような1日でした。

あなただから頼みたい。

そう言うことが人生にはある。

木の棒しか持っていなくて攻撃力が皆無でも、ボロボロの服で防御お力がゼロでも、なぜだか、RPGの主人公ってのは、あの魔王を倒せるのはお前だけじゃ、、、ってめっちゃ信頼されてる笑

人生にも、そう言うことがある。

今日はそんな1日でした。

ひとりは道の駅に暮らしはじめ、ひとりは定食屋の2Fに暮らしはじめる。

小さく人と繋がって、困っている人がいたら丁寧に話を聞いて、足を動かして、あちこちと動き回ってきた。

そのひとつひとつが【あの魔王を倒せるのはお前だけじゃ、、、】に繋がった。

その繋がった瞬間に立ち会えた、そして自分自身もその瞬間のきらめきであった、そんな1日でした。

おいしい食事

本当においしい食事って、美しい店内で食べる食事じゃない。
本当においしい食事って、味覚と胃袋を満足させる食べものでもない。

食事が、目の前に届くまでにどんなことがあったかが、おいしさを決める。

昨日の夜、イオンの中のめんたいこ食べ放題のお店に行った。おいしいは美味しかった。でも、味噌汁の味も、サラダの味も、明太子の味も、からあげの味も、全部知ってる味だった。それぞれで完成されていて、おいしいは美味しかったけど、でも、それだけだった。

今日の夜は、ラーメン屋に行った。おいしいは美味しかった。でも、やっぱり、それだけだった。

知っている味のするそれらは「なんだか乾いた感じ」がした。

でも、お昼に行ったお手製のそば屋さんのそばがきは本当に美味しかった。

そして、そういうことを感じた時。

いずみが作る料理は「本当に美味しいんだ」って気づいた。

今までは半分はおせじで、これよりも美味しいご飯はあるはずって思ってた。

でも、外食に繰り返し行ってみて思った。

いずみの料理は、おいしい。

そういう「おごった自覚」をしたのである笑

いずみ食堂やりたいなあ。

ナミホさんもちずみさんもいて、いずみがご飯作ったら、ふたりがご飯を作ることを考えなくて済むし、そうしたら、やりたいと思うことに精一杯力を使えるよな。それって、むちゃくちゃ幸せな人が増えそう。だって、ふたりが出会う人は幸せになるから、ふたりが誰かと会う時間が増えれば増えるほど、幸せな人は増えていくってことでしょ。

いずみ食堂をする必然性ってきっとどこかにまた巡ってくるんだろうな。

人生展開不明論

人生の展開がどうなっていくかなんてのは、まったもって不明な論争である。

それはたとえ、数十年先であろうと、来月の話であろうとである。

ぼくは1年前、フリーターをしていました。

フリーターをしながら「どうして働かなくちゃいけないんだ」って思っていて、どうしてここにいるのかさえ分からなかった。頼りにする人もいないし、楽しいってこともない。

子供におもちゃを片付けろという大人たちが、からだに当てた服をたたむことなく散らかして帰る。そんなことがサービスという名のもとに当たり前になっている現実を見て、本当に心を落とした。

でもそこから1年が経って、今では、古民家に暮らしながら、大好きな人たちの生き方に近づいたり、自分の人生をつくろうと思えていたりする。

しかも、そこにはたくさんの仲間がいて、支えてくれる仲間がいて、応援してくれる仲間がいる。その誰もに1年前に会ったことすらなかった。

コーヒーをやろうなんて思ってもなかった。
焙煎をするなんて思ってもなかった。
チラシを作ることで喜ばれるとは思ってもなかった。
コーヒーの出店をするなんて思ってもなかった。
師匠と別の形で繋がるなんて思ってもなかった。

それでもちゃんと今つながっている。

明日のいずみに想像を超えた場所で会えるのを、楽しみにしている。

人生展開不明論。

エアコンのない家

エアコンをつけようと思ってジャパネットに頼んだり、エディオンに頼んだり、ちーちゃんしてくれた。でも、どっちも断られちゃった。

理由は「持っている道具ではできないから」というもの。でも、使えば間違いなくできる。なのに、できない。

そこには「責任問題」がからんでる。

そういうことを超えた場所で会いたいと、切に願う。

エアコンのない家に暮らしてる。
たまに頭も痛くなる。

くらっとすることもある。

でも、なくてなんとかなるということを、ちゃんと体にわかってもらって欲しい。

ぼくは酸素ボンベがないと、しんどさを抜けられなかった過去がある。それは、肉体的なしんどさ以上に、しんどい経験だった。

みんなのように「酸素ボンベをもたない生き方がいい」と思った。

今、ぼくはそういう生き方をしている。

そこに学びがあったように思います。

何がなくても生きていけるということ。

何かがなくちゃ生きていけないってことはないってこと。

生きていける、この身ひとつで。

なるべくする

自分にできることはなるべくしようと思ってる。

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