2022512 Thur

どうも、izumikunです。

木曜日の朝は、早い。今日は5時半ごろに起きて準備。風呂に入ろうとリビングへ向かうと、母が起きた。「え、今何時?」「5時半。」「もういく時間!?」「風呂入ろうと思って。」毎度、そういう何気ない会話から、木曜日は始まる。

歌を歌いながら、シャワーを浴びる。湯船には水が溜まっているから、抜いておいた。再び、歌を歌いながらシャワーを浴びる。歌う曲は日によって変わるけれど、最近は自作の曲「それも私の証」か「無題」(本当にタイトルがないので、こう書くしかない)のどちらか。と言っても想像もできないだろうけれど、時折ステージで歌うので、ぜひ聞きにきて欲しい。先日の大善院かんのんいちでの歌は気持ちよかった。ゴールデンスランバーてな気分だった。

風呂をでて、朝食をいただいた。いつも何を食べるというわけでもないのだけれど、今日は昨日からの保温ごはんを見つけたので、レトルトカレーを食べることになった。最近は、電子レンジで温められるものがあって便利で、昔のようにパウチされておらず湯煎をする必要もない。水を無駄に捨てることもなければ、それを沸かすためにガスを使う必要もない。それが経済的か環境的かはさておき、とかくその便利にたよって朝食をいただいた。たべてる間は、イチローさながらの気分だった。朝カレーといえばイチローである。

食べてる間の母はよく「あんた、ハンバーグでも持ってく?」といって、どこからともなく保冷バックと保冷剤を取り出して、そこに冷凍食品を入れてゆく。ついつい買いすぎちゃうと言って持たせてくれるのだけれど、いつも「ストックしておけるから冷凍なんだよ。」と思う。母はなぜかストックしておけることにストレスを感じて、息子に冷凍食品を持たせようとする。「こっちで食べたらいいのに。」そういうと「いいのいいの、こっちには買う楽しみがあるのよ。」と言って、笑う。そういうことなら、ありがたく頂くしかないじゃないか。ありがとう、母よ。

こうして、izumikunは生き延びているのである。これを親の脛齧りというらしい。でもひとる言っておきたい。それは、かじってるやつの「態度」によるだろうってことだ。ぼくはこれを親孝行として捉えている。頭がおかしいと思われたっていいけれど、大切なのは「受け取って欲しい」という気持ちのある相手の行動を「受け取ること」である。izumikunは受け取っている感覚で、今日を生きている。だからそのぶん、返せるものを返している。それは仕送りでもなければ、食料でもなければ、家でも服でもない。ぼくが大事にしているのは「家族と過ごす時間」だ。そこに喜びを感じてもらえる家族のもとに生まれたことに、ぼくは幸運というものを感じるよ。

そして、いざ常滑へ戻るのである。今日はのんびりと母と話をしていたのか出発が遅かった。6時半を回っていた。そのせいで若干、渋滞に巻き込まれて冷や汗をかいた。以前に、7時すぎに家を出たら、もはや遅刻だった。こういうことがあるのか。そう思った。むしろ、世の中の車通勤の人は、毎朝2時間も車の中で立ち往生(もちろん座ってる)してるのかと思うと、izumikunはそれをしていないだけで、随分と人生を得しているような気分にさえなった。まだまだか。

まずはMEM.に戻って、レイアウトを変えた。今日は夕方から保健所の人が、お店に営業許可を出せるかどうかチェックに来てくれる日だから、その準備だ。前にやっていた人から頂いた平面図をもとに平面図を用意したんだけど、実際のものとは違った。実際は、前の営業車の時代から、平面図に描かれていない場所に冷蔵庫を置いていた。これでいいか。そう思いつつ「やはり調理室にあったほうがいいだろう」と思い立って、朝っぱらから冷蔵庫を動かしたりカウンターの位置を動かしたりとバタバタと動かした。そうしたらお客さんの席スペースが広くなって嬉しかった。少し狭い空間がちょっと広がって、より快適に過ごしてもらえそうな気がした。

そんなことをしつつ、実を言うと大家さんとの契約もまだなのだ。大家さんから「契約書のたたき作ったから、確認して必要な部分だけ書いてまた持ってきて」と言われていた。その契約書類をかいた。名前や契約期間などについて書いた。最後にハンコも押した。そうこうしているうちに9時をまわった。

雨が降っている外。ぼくは外に出た。9時半からは展示工房館で仕事が始まる。このままMEM.で時間を過ごしても良かったけれど、早めにいくことにした。早めにいってタイムカードを押しておけば、遅刻することなどないのだ。遅刻をしていると「怠け者の烙印」を押されてしまうから、いけない。生きとしいけるものに遅刻などという概念なんてないのに、社会というものはどうもそういうものらしいということを知ったのは、つい最近のことである。そういうわけで早めに行ってタイムカードを打って、本を読むことにした。

友人から借りた本。坂口恭平「独立国家のつくりかた」の途中を読んでいた。これがなかなか面白い。ぼくが考えてきたことそのものであり、その実践者の本である。学校社会のレイヤーと放課後レイヤーのバランスを今もなお探っているのだと、自分自身の価値を言語化させたもらえたように思う。この社会に「?」を持った人には今こそ読んでいてほしい。

9:29。コンコンコン、今日一緒にシフトで入っているYさんが上がってきた。いつものように淡々と「おはようございますー」と挨拶をする。すれ違って、ロッカールームへ入っていった。特に着替えることなどないので、すかさず後を追って「今日もよろしくお願いします」と挨拶をした。挨拶はときおり拡張してみるといいと思う。お天気がいいですね作戦だ。おはようございますは、とてもいい言葉だけれど、マンネリ化・ルーティン化するとどうも「音」になるらしく、お互いに届いていなかったりするのだ。だから、別の言葉に変えて「おはようを言い直す」のだ。そうするとやっと「気持ち」が届いたりする。耳を超えて、胸の内に響いたりする。と、そう信じてやってみてはいるけれど、本当かどうかはよく分からないままである。

公園の掃き掃除をした。大きな葉っぱ、黄色い葉っぱが落ちている。焼き物で作られて壁面がみられるグーっとカーブしたレンガ畳みの道にはいつも葉っぱが落ちている。敷き詰められたレンガの隙間からは雑草が生えている。少しずつ大きくなってきてしまうから、むしりとる。ついでにそこにあった土も根こそぎとっていく。なんなんだこの仕事は。そう思う。そう思う日も少なくない。そう思う瞬間も少なくない。ただ、それがここの仕事なのだ。そんなことを思うと同時に、地面が山のようにふかふかな土だったらいいのにと、いつも思う。そうすれば、落ち葉をいちいち気にする必要はない。落ち葉を悪者にしているのは、捨てるべきもの、片付けるべきものと定義しているのは、彼らそのものではなく、環境である。そしてそれを作った人間である。自分たちで作っておいて、そこにある落ち葉を片付けることを「仕事」と呼ぶんだから、人間とは不思議な生き物である。

営業が始まってからは、Sさんがいらしたり、AさんとかIさんとかいろんな人がきた。あと、Tさんもきたな。Sさんの作品は人気で、そのデザイン性は特にステキで定評がある。ご兄弟、家族での経営をされていて、今は4代目となる。2代目のころに釉薬の研究がなされ、3代目がそこにデザインの要素を取り入れた。3代目から商売として大きくなったが、現在は、穏やかな暮らしとともに作陶されている。現在は兄が作陶をし、妹がそこにデザインを込めて施釉をしていく。そこの込められた想いは「日常で使いやすいものを、より良いものを」というものだ。民藝運動という端的に言えば「陶器をもっと生活の身近に、使いやすいものを作ろう!」という活動のことをいう(詳しい人、教えてほしい)。そうした背景を持つSさんの工房では、その理念を大事にしているんだと伺った。

展示工房館は、研究所を卒業された人の作品も多いけれど、一点、何代も続く窯元の作品も展示販売されている。スタッフのほとんどは陶芸作家だ。だから当然、作家さんたちの想いを聞く機会が多い。これはありがたい環境である。しかし、納品の時などしか会えないため、おり行った話を聞くのはなかなかない。こういう一瞬の出会いでちゃんと自分の思いを伝えて、話を伺うことは、本当に重要なことだ。決してくじけてはいけない。決して怖気付いてはいけない。堂々と、向かってゆくのだ。

その後、Tさんがきた。Tさんは、先日ステージに立って話したり歌ったりさせてもらった「大善院」で出会った。その日は、かんのんいち(奇数月第一土曜の例祭)が終わって、画家がきているというので飲み会になったのだ。そこにふらっと立ち寄ったら、Tさんと出会った。偶然とは面白い。Tさんとは何者か。

izumikunは、廻船問屋瀧田家でアルバイトもしているんだけど、瀧田家について知られていることが少ない。他のベテランスタッフや委託会社や運営元に尋ねてみても、雄弁に語れるものは誰一人いない。物事というのは「知っていなくても動かせる」ということを教えてくれている。むしろ「知らないくらいでも動かせるものがある」ということも教えてくれている。世の中は大抵そのように回っているらしいが、だから世界的には魅力を感じさせられなくなってきているとも取れる。ぼくは、知りたいと思った。なぜか。そこに理由などない。知りたいと思った。どうせ瀧田家にいるんだから、草むしりだけに精を出すなんてごめんである(まあこれはこれで瞑想修行と思えばいい、しかも生活費も稼げる)。どうせなら話せたほうが楽しそうだ。

そんなおり、Tさんに出会った。瀧田家は廻船業を営みつつ、第6代目あたりで木綿業に転換した。なんとTさんの母は、その木綿工場の事務方をしていたというのである。そしてその時の写真があるというのだ。「木曜日は絵を習いに散歩道へ行っているから、今度持っていくよ」と言って、木曜日の今日、工房館までわざわざ持ってきてくれたのである。

実際に木綿工場の前で撮っている写真や、もう今は埋め立てられている海岸の写真、瀧田家の前が本当に海だったことを表す写真、、、これは貴重だ。その写真をしかも、実物を見せてくれたにもかかわらず、一部を拡大コピーしてプレゼントしてくれた。コピーしてこなかったものについては写真まで撮らせてくれた。これは本当に貴重なものをお預かりしたと思う。Tさんは本当に熱心に自分の母の姿を見ていて、この写真の場所は一体どこなのかをいろんな人に尋ねて回ったそうだ。こうやって一つ一つもじに起こしていくとなんだか泣けてくるな。もしizumikunの周りで知ってそうな人がいたら、そんなに一所懸命にならなくていいけど、尋ねてみて。と、託された。この出会いは本当に大切にしなければならないと、そう思った。

大雨だった。その日来たのは数名。雨の散歩道は本当に来館者が少ない。

Iさんがきた。今は絶賛個展開催中の時の人である。展示工房館にて初めての古典をしている。23日までやっているのでぜひ見に来てほしい。トヨタ系のエンジニアを15年やったのちに、陶芸作家にジョブチェンジした人であり、今は自分で窯を作っている。変人である。積極的にあれこれ仕掛けに行っていたり、交易をして、レンガをもらいに行っているのも魅力を感じる。恐ろしく変人である。しかも白髪である。イカした新人陶芸作家である。

そう言えば何かをお願いされた気がする。コーヒーの淹れ方だったろうか。とにかく何かのタイミングで一緒にランチでもしたい人の一人である。

それからはあんまり人が来なかった。雨だったからだ。雨のやきもの散歩道は本当に人が少ない。雨の日に散歩なんてしてられっかよ。っていうのが世の中の常識らしい。izumikun個人としても雨に濡れると疲れるアンパンマンタイプなので、雨のひはあまり外に出たくはない。でも、来てくれないと困る。でも、来たくない理由も分かる。だから、こんな日はもう諦める他ない。ただ、誰も来ない空間で、誰かに盗られたらまずい展示物を守るために立っているだけの無駄な時間を過ごすのみである。これもまた修行である。

そう言えば、1Fと2Fでそれぞれスタッフが立ってる。1Fは展示がある時はいて、2Fは常時いる。今は会期中だからどちらもスタッフが立つことになっているのだけれど、休憩の取り扱いに困った。どちらかが休憩すれば、どちらかが無人になってしまうからだ。運営に聞いてみると「そこらへんは臨機応変に」という対応だったけれど、無人になっちゃうけどどうしよう?という相談なのに、臨機応変も何もないだろうよ。というわけで、たまたま来ていた直近の上司に聞いてみた。そしたら「休憩とっていいですよ。基本的には1Fに人を置いて、2Fはお客さんがあがったら、スタッフも上がる形で。まあ、ずっと2Fに人がいる場合に1Fが無人になるのはもうしょうがないので。」との回答をいただいた。ここまで説明があると、現地スタッフは安心だ。臨機応変の末に「お前はダメだったな」とは思われたくないのである。なぜなら、臨機応変にと言ったのはそちらだろう。というのが現地スタッフの本音だからである。

それから時間が終わりに近づいて行った頃、一緒に働いていたYさんと話をすることになった。そういえば、と思い聞いてみた。「鬼滅の刃好きなんですか?」、すると「ええ、どうしてわかったんですか?」、「お昼休憩の時に、カバンについてたストラップがお洒落だなと思ってみたらKIMETSUとあったので。」そんなふうにして会話が始まった。彼女はデザイナーをしつつ働いていて、その仕事の丁寧さには本当に目を見張るものがある。izumikunのような怠惰な人ではない、誠実な人である。Yさんと会う前に彼女のことを知る媒体はいつも日報だった。その日報から人となりが伝わってくるようだった。本当に丁寧なのだ。物腰も柔らかくて、適切な対応をする。何度あっても、見習うべきことがたくさんある、そんな人だ。その人と始まったのが、鬼滅の刃の話で、それからVtuberの動画を見るのが好き、オタクです、オタクは忙しいんですよ。とお話をしてくださった。普段は見ない一面だったので、驚きと興味がわいた。会話をするというのは、面白くしようとか思わなくたっていいのである。会話をすること、その果てに、きっと何かがあるのだから。それでいいのである。

仕事が終わって、MEM.へ戻ることにした。急いで行かねば。保健所の人が来るのだ。保健所の人が来てMEM.に飲食店と菓子製造の許可を出せるのかどうかを見るためだ。MEM.に戻ると玄関前に担当スタッフが傘をさして立って待ってくれていた。ありがたいことだと思った。店内に入ってもらって、確認してもらった。手洗い場はレバー式か。窓に網戸は付いているか。シンクは2つあるか。設備の位置に変更はないか。そういったポイントを一つ一つ見て行った。その結果「これで許可は出ますが、期間は5年ですね。」となった。木造建築であること、調理場にダクト?空調?がないことで1年マイナスということらしい。これは仕方ないというか、そもそも散歩道の中の店舗なんてみんな木造だよな、ここにいるだけで損じゃないか!ふざけるな!と内心思いつつ、ありがたく5年の許可を全うしようと思った。

とは言え、なんの改修工事もなく飲食店営業に加えて、菓子製造業まで取得できたのは幸運である。これ以上、何を求めるというのだ。5年、楽しくやっていけりゃあそれでいい。それが一番難しかったりするからな。そういう有難い5年を過ごしてゆくんさな。

許可が降りたあと、入り口のガラス越しに誰かが顔を覗かせた。RさんとJさんだ。Jさんから昨日「ちょっと遅いけど母の日のプレゼントをしたいんだけど、お皿のある陶器屋さんどこかな?」ってDMがあって、僕なりのおすすめを紹介させてもらった。早速買ってきたらしく、たまたまぼくの足元が見えたから尋ねてくれたのだ。久々にのんびりとおしゃべりをしたな。嬉しかった。Rさんの手料理をお店で出すことも約束した。ランチ、楽しみだ。

というわけで、今回は、ここまで◎