「挨拶をしない人が嫌いかもしれない」と気づいた

どうも、izumikunです。

あんまり「好き」とか「嫌い」とかを積極的に選択している姿勢はなくて、どちらも行ったり来たりしていたり、どちらでもなく「ただそうだよね」って受け入れていることの方が多いのだけれど、今日ははっきりと思った。

izumikun

あれ、もしかしたら「挨拶をしない人」は嫌いなのかも。

本当にね、嫌いって使わないんですよ。使っても「家賃が嫌い」くらいなもんで、それ以外のことでちょっと避けたいことは「苦手です」ってくらいなもんなんですよ。建前というか、控えめにいって、とかではなくて、本心でその言葉通りのことくらいなんです。でもね、家賃と同じくらい「挨拶をしない人」が嫌いかもしれないと思っちゃいました。ついに、今日。思ってしまった自分に、気づいてしまいました。こりゃ、まいった。

なんかもう心配とかしてた気持ちもなくなっちまった。こりゃまいった。まあいいか。どうせ、それぞれ生きてく人生だ。勝手にしてろ、このヤロー!(ヤバイ、松本哉の言葉遣いが移った、まずいぞこれは!)

松本哉 Matsumoto Hajime 「貧乏人の逆襲ータダで生きる方法」を読んだんだけど、これが最高に面白い。何だ3人デモって。選挙活動で祭りって何だ!?友達に借りて読んだけど、言葉が乗り移るくらい読む価値あり必読の一冊!おいこら、有象無象のクソ野郎ども!仕事なんてしてる場合じゃないぞ!(作中ずっとこんな感じ笑)

ぼくにとって、挨拶ってめちゃくちゃ大事なんだよなー。おはようございます、こんにちは、こんばんは、hello、你好、、、(他の言語を知らない)。これだけで人との接点できるんだよ?神様はいい言葉を人に作らせたよ、さすが神様。やっぱり、えらいね。

うちは、家業があるから生活のそばに仕事ってのが常にあって、会社だからさ、やっぱり挨拶ってのが日常だったの。人にあったら、何の用事がなくても挨拶なの。挨拶なくして、信頼もなかったわけ。挨拶はもうね、染み付いてることなのね。

で、挨拶って、いろいろあるからね。おはよう・こんにちは・こんばんはだけじゃないよ。「調子どう?」とか。「会えて嬉しいよー!」とか。「今日は天気が良くて気持ちいいねー!」とか。そういうことも含むのよ。「ありがとう」とか。「こちらこそ」とか。そういうことも含むのよ。

観光施設で働いてるとね「ほとんどの人って、挨拶しないなー!」ってことがよくわかるよ。izumikunはさ、本当に馬鹿だからさ、ご飯屋さんのスタッフの対応にいちいち馬鹿正直に「丁寧にありがとう」って伝えちゃうんだよね。これはね、感謝を込めた「挨拶」なんだよね。サービスって当たり前じゃないからね。その人が「こうしよう」とか「こうしたら目の前の人の心地よさにつながるかもしれない!」って考えたり葛藤したりした先の行動を僕たちに見せてくれてるんだからね。

その気持ちには、ちゃんと「挨拶」で返したら嬉しいよ。と、izumikunは思うから返すけど、いざサーブ側になると「つまんないおとな」が多いことがよくわかるよ。サービスを受けることが当たり前だと思ってる人が多すぎる。

目の前の人と話せることが当然だと思ってる人が多すぎるよ。悲しいなーーー〜!!!本当に。当たり前なんかじゃないぞ。

中学の卒業式で、数学の先生が言ってたよ。「挨拶と笑顔は人生のパスポートだ」って。全然、計算式の成り立たない公式を最後にぶつけてきて、izumikunは超感動したから、すっごく覚えてるんだけど、やっぱりあれから何年も経ってその言葉の凄みがよくわかるよ。当時の先生は今の自分と同じくらいの年齢だったんじゃないかなあ。すげえなあ、あの数学の先生。ありがとうね、大事な銘をくれて。

あいも変わらず笑顔は苦手なんだけど、挨拶だけは欠かさない。挨拶って大事なんだよ。特にデート中のスカしたカップルが何の挨拶もしない!お互いによくそんなパートナーと付き合ってやがるぜ!このやろー!何にせよ、ちょっとうらやましいぞ!!(松本哉の言葉がうつった。。。松本哉のせいにしてごめんなさい笑)

つまり、挨拶できない人は嫌いなんだなー、izumikunにとって挨拶ってそのくらいっていうかそれ以上に大事に思ってることなんだなーって気づいたって話さね。

はーい、というわけで、おーしまい。

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