ブランディングセッション#01を終えたので、まずは、ブランディングの大事さを言葉にしてみることにした。

MEM.に、ブランディングドクターがやってきた。ブランディングドクターは、お店や事業のブランドをつくるお手伝い人のようなもの。お店の状況や、目指したい方向性を話し合って、決めていく。具体的には、どういう世界観を出していくかとか、どんな特色をもつかとか、コンセプトカラーはどうするかとか。こういうことが決まってくると、何が良いかというと、例えば、ティファニーブルーのような「ぱっと見てティファニーとわかる」といったことをデザインに落とし込むことができたり、メニューの表示のさせ方だったり「MEM.ってこういう場所ですよ」っていうのを、一言で端的に言い表せるようになったりする。

例えば。

ぼくは人間である。と主張したところで、隣の人も、ぼくは人間である。と主張すれば、人は、ぼくと隣人を区別することができない。でも、ぼくはホビットのように小さな背丈の喫茶店のオーナーで、急須で珈琲を提供しています。と、こういった説明をすれば、もう隣の人と同じには見られない。唯一無二の存在になる。わかりやすくいうと、こういうことがブランディングといった類の考え方なんだと思う。

ブランドはよく「私、ブランドものには興味ないわ」なんて、少しそっぽ剥かれるような言葉になっているけれど、それは誤解が大きい。ブランド=高級というのは、狭い範囲の理解だと思う。もう少し広く見れば、世界観とか、こだわりと言ったわかりやすく広い範囲の言葉として定義できる。私は、何者か。この事業は、どんなパーパスをもっているか。このお店は、何をお客さんに提供しているか。そういうことが、端的に言えるようになる。そういうものが、ブランドを確立するために必要なブランディングというやつなんじゃないかと思う。

これは、ずっと続けていかなくてはいけないもので、昨日のブランディングの「方向性」と、今日のブランディングの「方向性」が同じでなければ、そのブランドは、めちゃくちゃになる。一言で説明できないものになる。

ここで、ぼくから反論がある。人生とか、人とか、事業みたいなものを「端的に表そう」なんていう発想に、そもそも限界がある。それに、そういう端的な言葉での説明を求めるから、詳細なところで「誤解」が生まれる可能性が大きくなるのではないか。

と、そうも思うのだけれど。

そもそも、目の前のひとりにさえ「伝わらないもの」であるのなら、それにどんな価値があるだろうとも、思う。目の前のひとり、次のひとりに伝えるために、端的に表す。例え少しの誤解があるとしても。より知りたいと思う人に、より詳細をお伝えする。

そういう段階を経ないと、届かないものがある。

だからこそ、ブランディングが必要なのだ。ブランドという言葉が少し大袈裟と思うなら、世界観とか、方向性とか、どういう風にお店を思ってもらいたいかとか、どんな風につかって欲しいかー。そんなふうな捉え方でもいいと思う。なんにせよ、そういうことを考えることによって、自分をより説明しやすくなる。誰にとっても説明が簡単なものになれば、それは次第に広まっていくことになる。

ティファニーブルーを知らない人は、ほとんどいないんじゃないか。ルイヴィトンを知らない人はほとんどいないんじゃないか。ここには文字しか書かれていないけれど、なんとなく色やロゴが思い浮かぶんじゃないかな。

そういうものを「MEM.でもつくろう」というお話。

ちょっと眠たくなっちゃったので、もうちょっと具体的な話はまた今度。明日かな。でも、明日は映画上映会のボランティアにいくからな。できるかな。どうかな。

そういうわけで、今日も素敵な1日を🌿