無口な人に戻ろうと思う。

どうも、izumikunです。

ここ数日「言ってることがよく分からない」と言われる。実際にそう言われているわけじゃない。けれども、表情や空気感で、それがわかる。そう言われている。勘違いか?いや違う。これは確かな感覚なのです。

izumikunは人の話の「文脈」を読んで話を聞くし、その文脈をなるべく崩さないように質問したりします。そういうことを意識しています。そうすることで丁寧にそのことを深く知ることができるし、その対話を通してお互いに様々な気づきが得られるから。

でも、自分の周囲のほとんどは、そんなことを考えたりしない。そんなことを意識したりしない。というかそもそも日本語の使い方がむちゃくちゃおかしいし「何言ってるんだろうなあ、この人」って思った途端に、全体の共感を生んでいる様子を見てると、日本人って頭おかしくなっちゃったんだなって思いました。

笑っていたら幸せ。

それって本当だと思う。本当だって知ってるよ。
でもさ「かわいい」とか「すごい」とか「ひどい」とか「いやだ」とかそういう話と同じくらい、文脈のある話し合いもできたらいいと思うんです。

でもね、大抵の人は、そういう「つまらない話」は興味ないの。日本人の間では、ウクライナの話題は「戦争っていやだね」「平和っていいね」でしか消費されない。どうしてこういうことになったのか、今の日本のポジションはどこにあるか、自分たちにはどういう影響が出てきそうか、、、そういう話には興味がない。話したくもないという感じ。

ウクライナの話はあくまで一例なんだけど、とにかく1つの話題について深く考えていくことができない人が多すぎる。だから、話を始めても、たぶん、最後まで聞いていられないんだろうね、、、話をしてる途中で話をぶんどって脱線させてしまったり、よくある名言みたいなのを何の脈絡もなくポンと言い放って話をおしまいにしたり。

正直、もう「話しても伝わらないな」って自分自身が思ってる。だから、余計に話が伝わらないような話をしてしまっているのかもね。

最近はよくよく自分の考えを発信してきたし、声を放ってきた。でも一旦いいや。自分の思っていることは思っていることとして持って置いて、必要なこと以外は話さない。話したくないことは聞かれても答えない。聞きたいことは絞って聞く。沈黙を破ろうとして無理に話題を作ったりもしない。

昔から話が伝わらないことが多い。izumikunが考えていることは、たぶん自分の周囲にいる人の2つも3つも先のことまで考えていることが多い。これは今までの経験則であって、決しておごりとか「だからすごい」とかそういうことじゃない。むしろ、苦しんでる。苦しいし、これを説明しようと言葉を尽くすほど、文脈の読めない人ほど、ぼくのことを嫌煙する。つまらないやつだという顔をする。

この人の助けになればいいと思って、決断をした。でもそれは間違いだった。そんなことのために決断なんてしなくてよかった。仕事の選択も暮らしの選択も、つまらないことをしたと思ってる。本当に自分のことを阿呆だと思う。

izumikunは優しさを使いすぎる。前にぼくの友達が「izumikunの愛をみんな気づいてない。苦しくない?」って聞かれたことがある。この友達の言葉を今、思い出してる。ぼくはまた、無口な人に戻ろうと思う。何も余計なことは言わず、余計なことをせず、余計なことに囚われず、自分の時間を生きていいと許可をしよう。

多分ここからは、話をするよりも、勉強するのが楽しいフェーズだと思う。無口な人に戻って勉強しようと思います。興味があるのは、会計、地域の歴史、英語。淡々と生きてく。そういう1年にしよう。全然劇的にしないように工夫する。

それでは。