それでは、よい1日を。

どうも、izumikunです。

自分にとっては当たり前だと思っていることが、誰かにとっての喜びになっていることもある。ときには、こんな自分でいいのかなって不安になるときもあるからさ、100%自分のことを肯定できないかもしれないね。でも、それでいいんだよね。

ぼく自身、ずっと口下手に生きてきたんだよ。3兄弟の末っ子で、兄たちとは7歳も9歳も離れてる。身長も、信じられないかもだけれど35センチくらいは差がある。体格も違うし、知識量や、思考回路もずっと上にいて、ぼくは彼らの後ろをヒョイヒョイとついていくだけの人生を生きてきました。どこかへ出かけるのにも、何かを話すのにも「正解」があるような気がして、その正解を「兄たちが持っている」ような気がして。

そうやって、誰かの何かが出てくるまでは、それらをじっと観察して、自分ひとりでは決して何も生もうとはしない人になってしまいました。誰かの後ろをついてまわるだけの人になってしまったと、後悔する日は今もまだ、ときどきあります。

でも、覚えているいくつかの言葉が、ぼくの力になっていたりします。

例えば、中学校の卒業式で数学の先生が言っていた言葉

挨拶と笑顔は、人生のパスポート。

中学校の数学の先生 – むらっティ –

例えば、高田馬場で「地球を旅するカフェ」をするナツサさんの言葉

Today is my life!!!

ナツサさんの言葉

例えば、地球一周の船旅で出会った四角大輔さんの言葉

人は、みなアーティスト。

よすみんの言葉

例えば、地球一周の船旅で出会った山川咲さんの言葉

一人ひとりの人生は、泣けるほどすばらしい

咲ちゃんの言葉

例えば、一生で一度のパートナーの言葉

いずみくんは、いずみくんのままでいいよ。

パートナーの言葉

ぼくはぼく自身だけをもって生きてはいないのだと、つくづく思い、きっとそれこそが人なんだと思います。みうらじゅんという人の発想や考えがとても好きなんだけど、彼がやっていたアウトドア般若心経の話がおもしろい。

全国津々浦々にある看板から般若心経で使われている文字だけを写真にとって、それを切ってつなげて世界で一番短い経典「般若心経」を作ろうというもの。これにはダイエット効果があったらしいんだけど、実をいうと、これこそが「自分っていうもの」に近いかもしれないって。例えば、般若心経の「若」のところは「ダイニングちゃんこ若」からとっていて、ひとつひとつを見ていくと、さっぱり何のことかわからなくなる。

でも、切って繋いでみると、ひとつになる。

自分って実はこれに近い。もしそうなのだとしたら、自分には意見がないとか、いつも周りに流されてばかりとか、誰かの意見に従ってばかりとか、そんなことに悩む必要なんてない。経験の仕方はいろいろあっていい。その中から残ったエッセンスみたいなものの集積が「自分」ってやつなんだよな。

いずみくんは、この言葉たちを、まだ胸の内に残る言葉たちを。伝えてくれた愛すべき友達を、心から誇りに思う。本当にありがとうだよ。

そして、その先にいる自分ってやつが届けた言葉や姿勢が、誰かの胸に届いてる。そのことを、この場を借りて、みんなに報告するよ。

後から「それでは、良い1日を。」って言葉が彼に届いたんじゃないかって聞いたよ。ぼくは、愛している人にそう伝えていて、でも、分かれてしまって。だからこそ、伝えられるうちにやっぱり伝えておきたいって思うんだよ。限られた人生のこの1日をより幸せに過ごしてほしい。そうなったらいいなという願い。

誰目線だよとか、親かよって突っ込まれそうだけど、突っ込みたくなった人は勝手に突っ込んでくれ。それでもいずみくんは胸を張って伝えよう。ぼくは、どんな目線かなど関係もなく、いずみの心でそう伝えているんだよ。

文面にはそのことは直接的には触れられてはいないけれど、届いてるよってことが分かって、ひとり嬉しく思っています。

ショーヘーさん、また遊びにきてくださいね。
それまで、どうかお元気で◎