フリーター珈琲あらため、MEM.(メム)と申します。

どうも、izumikunです。

実は、インスタグラムをやっています。こちらです。

今までで2度ほどアカウント名を変えていて、それはつまり、活動名を変えていたりします。

  • tegaminoie
  • freetercoffee
  • mem.neco ← 今

上から順番に変わってきて、今に至ります。

tegaminoieの頃は、自分で書いたイラストをひたすらあげていました。ニート時代にやることがなくてというか、なぜか毎日イラストを思いつくまま描いていて、思いつかなくなってやめました。それからフリーターになって働いている間に「コーヒーでも淹れてよ」って話が舞い込み、フリーターが淹れる珈琲ってことでfreetercoffeeって名乗り始めました。それからマルシェ出店やなんかでコーヒーを出すようになって、数ヶ月。焙煎もはじめて、気づけば自家焙煎珈琲屋に。

出店をしながら家のそとに出ることが増えて、気付いたら名古屋から離れて常滑の家に居候をするようになり、今年の5月には居候をはじめて1年が経とうとしています。そんなこんなで、気づけば

  • シェアハウスオーナー
  • 自家焙煎の出張珈琲屋
  • 常滑の観光案内人
  • WEBデザイナーのたまご
  • ブログ執筆
  • 地元小規模事業者の勉強会主宰

などなど、やることが増えてきました。

それで、アカウントを分けることも考えたんだけど、やることが増えるたびにアカウントを変えていたら、それこそ面倒だなと思ったので、freetercoffeeでコーヒー屋に限定するのではなくて、mem.というひとつの世界観の中で、いろんなものが生まれていくっていう形を取ろうと考えました。

(っていうのは表向きで、その実、フリーターって言葉が持つ意味合いが悪すぎたっていうのが本当のところです。笑)

とは言え、人間関係が増えていく中で、いろんな人からの信頼が厚い人って「わあ、こんなにたくさん活動されているんですねえ」って言われる人が多いと思っていて。つまり、ひとつのことだけやっているよりも、複数のことができる人の方が人との接点が多くて、関係人口が多い分、チャンスが多いってことです。

珈琲屋は始めやすい事業なので、その分人口は増えて、競争率は高いです。だとしたら、シェアハウスもやってる珈琲屋とか、観光案内もできる珈琲屋と言ったように、別の業態とミックスして出していく方がいいような気もしました。

まあ、そんな理屈を抜きにしても、たぶん自分の性分として一つのことだけやっていくということは難しいし、どうしても他の何かが入ってくるので「こういうモノだ」と割り切って生きています。そういう意味でinstaアカウントもいろんな事業を一手に公開できるように、mem.というシンボル、世界観を先頭に持ってきました。

実を言うと、「mem.」とか「minirezo」とか「働き」とか、そういう自分独自の価値観みたいなものはizumikunの中に前々からあって、それがやっと表に出せるようになってきたという感じです。mem.は、アイヌ語で「泉」という意味で、izumikunそのもののように感じているし、その映像として、水が湧き出ている様子が想像できると思う。これをもう少し分解してみると、

水 → 水という存在ではあるけれど、温度によって変化して、形状も変化して、性質も変化する「何か」。

湧き出てくる様子 → どこからくるのかも分からず、どこへ向かうのかもわからないまま、ただ湧き出ている。出発点も目的地もない、自然の現象。

以前にもお話ししましたが、ぼく自身には、やりたいことも好きなこともなくて、出発点も目的地もないんですね。ただ生きているから生きていて、求められているから応えている。これはつまらないけれど、シンプルに真実に近いことだと思っていて、ぼくの生き方そのものなんですね。

これはあくまでizumikunの価値観であって、だからお金持ちになれるとか、だから幸せだってことではないので、くれぐれもご注意ください。その基準とか定義とかは、個人個人がそれぞれに持っているモノだと思うので。

てな感じで、mem.ってizumikunの生き方とかありようを示しているぴったりな言葉だなあと思っています。馬鹿っぽいことを言えば、mem.って文字の並びも可愛いし、響きもなんか可愛いなあって思ってます笑

というわけで、izumikunはフリーター珈琲あらため、mem.となりましたーという話でした。(ちょっと分かりにくいですが、フリーターなのは変わりませんので、以後よろしく。笑)

それでは、
今日も良い1日を◎