あって当たり前じゃねえなあ、何事も。【imawoフリアコ36日目】

どうも、常滑に生息しているいずみです。
imawoフリアコ37日目、雨のち土砂降り、のちくもり。

床の敷設を開始しました◎

imawoのカフェスペースになる予定の西側にあたる空間。ここに、今日は板を並行に打ち込んで、そこに断熱材をはめ込みました。これは少し離れた位置から単焦点レンズで撮ったので、4メートルくらい離れた位置から映しているんですが、ちょうど今カメラマンが立ってる場所の床よりも、カフェスペースの床が下がっているので、それもあげながらつくっていきます。

材料を準備して、つくっていきます

板を張るにしても、断熱材を入れるにしても、なんにしても、そのための材料は自分たちの手で、その空間に合うようにつくっていきます。その一つ一つの「合わせる」という仕事が、imawoをつくっていきます。

断熱材ソーダ味をはめていく!

断熱材も、枠のサイズに合わせてカットしてから、はめていく。imawoではこの断熱材を「ソーダ味」と呼んでいます。アホです。アホ丸出しです。

今日はここまでですが、このうえにコンパネを一枚はって、電気配線を設置して、古材の化粧板を貼り付けたら完成!他の作業と同時並行だし、化粧板を汚すわけにもいかないから、完成はまだ先かなあー!

でも、こうしてひとつひとつ進んでいく段階に来てるのは、本当に嬉しいしワクワクするなあー!

鳥が入ってこないように金網を隙間に張る

こちらのソーダ味の向こう側はトイレになる予定ですが、新しくつくった壁と屋根との間に若干の隙間ができました。古民家の家の材木は、角材でなく、円柱型であることも多いため、材木同士の輪郭を合わせて作ることが難しいこともあります。

そんな時にできた隙間からは、虫や鳥が入ることがあるそうで、そういったことを防ぐために、金網を貼っていきます。こういうこと、ぼくは初めて知りましたよ、ありがてえなあ。

あって当たり前じゃねえなあ、何事も。

ぼくがimawoに来てから36日が経ちました。1ヶ月以上、この場所でフリアコをしているってことです。フリアコってのは、労働に対する「金銭的な価値」を生まないから、お給料があるわけではありません。ぼくがフリアコでしているのは、掃除と炊事です。でもこれって、もともとお金のかからない部類の役割なんです。

ぼくが生まれ育った家族においては、母親が、その役割をになっていました。それぞれの家族によっては、父親がになっていたり、家族で分担していたりするでしょう。その点、ぼくの家族の中では、母親が炊事や掃除をしていることが多いです。

でも別に、そこにお給料が発生するわけではありません。ただ、宿と飯がある。よくよく考えてみると、専業主婦(専業主夫)は、完全にフリアコではないかとさえ思います。たぶんこの仮説は合っていて、もともと、家庭内で家事労働をする人の働きを「シャドウワーク」といいます「とても大切で必要なのに、誰にも見られない仕事」というニュアンスの言葉。

そういう「あって当たり前」みたいな仕事は、ついつい忘れ去られてしまいがちです。

ぼくはここに来て調理をするようになり、ぼくの家庭における母親の存在を思うことが増えました。実家暮らしをしていた頃は、ご飯が出てくることが当たり前で、一人暮らしをしない理由のひとつは「実家だとご飯が出てくるから」でした。今となってはふざけた野郎だと、過去の自分に泣けてきます。

家でご飯が出てくることはサービスではない。商売でみんなのご飯を作っているわけじゃない。みんなが健康で、笑顔で毎日に彩ある暮らしができるようにと、いろんな想いをもって、ご飯を用意してる。

それを無視して、

何の連絡もなしに外食してきたり。
つくっていると分かるのに「飯はまだか?」と聞いてみたり。
まるっと1日何もしていないのに感謝もなく食べ始めたり。

そういうのは「態度」なんです。
ふだん調理をする人に対して、どんな気持ちを持っているかのあらわれです。

家庭においてご飯をつくることは、ご飯が出てくることは、決してサービスではありません。金銭的な授受こそないけれど、むしろその尊さは計り知れないほどの働きで、家族の命をつないでいます。

炊事をするというのは、

食材を揃えることであり、
食材が傷まないようにすることであり、
食材を美味しく調理することであり、
生ゴミを処理することであり、
曜日ごとにゴミを出すことであり、
家族の舌にあわせて加減をすることであり、
それが仕事にすらもなりうることである。

そういうことに目を向けず、さも当たり前のように過ごすことは人間の特性だからこそ、家事労働は「シャドウワーク」と言われます。でも、何度も言いますが、本当に尊いことだし、当たり前なんかじゃない。

ひとつ一つの動作があってやっと、みんなの前にご飯を出せます。それがなければ、みんなはご飯を食べることができません。当たり前じゃない。どんな流れの中で、今ここで自分は恩恵を受けられるのかって本当に大切な見方です。

床板を張っている桑山工務店の仕事を見て、鳥が入らないようにと金網を張っている名城大学の学生さんを見て、そのことを思いました。当たり前じゃねえなあ、何事も。

一軒のカフェが建つのに、どれだけの人が動いて、どんな作業がそこにはあるのか。おしゃれさに目を惹かれ、見栄えに目を引かれることの多い世の中だけれど(この性質はたぶん変わらないんだけど)、その反対側には、いつも、「本質的な働き」がある。

そういうものをちゃんとひとつひとつ見つめて、大切にして、生きていきたい。
そんなことを思ったのでした。

今日のご飯

カレーポテサラ

昨日つくりおきしたポテサラに、ガラムマサラとターメリックを混ぜ込んで完成!うまかったー!

冷奴(雨のひには向かない、、、)

確かに冷奴は好きだけれど、夏の暑い日だなあ、雨にはむかなかった、、、

スパイスカレー(辛口)

今日もありがとう!
また明日!

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