人生しばらく生きていれば、自然と、人が生きる世界には「立場」とか「関係性」とかそういったものがあるんだということが分かってくる。
何も特別で、偉そうなことをいうつもりはなく、ただ「そうである」という、さも当たり前のことを言葉にしているだけのこと。
立場や関係性というものについて、人は考える必要がある。それは例えどれだけ「人類みな兄弟」といったフラットな思想を持っていたとしても、兄弟ということさえ「立場」や「関係性」という世界観から外れてはいないのです。
もし仮に、そのような世界を生きているのならば、自分が
今どこにいるのか
というのは、はっきりと見つけておかなければいけない。これを具体的な言葉に置き換えて(=言語化)して見つけようとするなら、まずは、この「社会における関係値」について考えなくちゃいけない。
働く人には立場がある。代表取締役社長、課長、アルバイト、正社員、オーナー、株主…。いろんなものがあるけれど、それがどんな関係性をもっているのか、どんなつながりあいの中で助け合っていけそうなのかを、考えておく。
例えば、自分がアルバイトだとしたら。社長だとしたら。オーナーだとしたら。
その人たちから見た「現実」というのは、どのように映っているのだろうか。ということを考えてみる。
よくアルバイトという立場にいる人から聞こえてくるのは
上の人は現場にいないから、現場の意見を言っても聞いてくれないんです。
というもの。他には
売上のことばかり気にしていて、お客様のためになるようにって考えてくれないんです。
とか。
これには、オーナーという立場(関係値)をもつ人の性質とか、アルバイトとはどういうつながりあいがあるのか(関係性)といったことを、もう少しよく考えてみる必要がありそうな、そんな気がする一言と、ぼくは捉えています。
人には、自分が考えなければならないものの範囲というものがあって、それは立場によって変わります。その立場によって変わる「しなければならないこと」というのが、いわゆる「役割」ってやつで、それはオーナーとアルバイトでは、まるっきり違うわけです。
お店というのは、人情だけでうまくいくようなものではありません。お金を稼ぐことを嫌うなら、まずもってアルバイトという雇用形態でもってお金を稼ごうとする自分を見直した方がいい。自分もお金が欲しいし、雇用者(=オーナー)もお金が欲しい。
なぜか。
誰かのために事業をしよう、誰かにとって「助かるな」「嬉しいな」と思うことをしようという時、しかもそれを続けていこうという時。ぼくたちはお金というものが必要になります。なぜなら、この世界は、そういう社会をまわして作られているからです。
お金のために働く必要はない。でも、お金がたくさん巡ってくるように、人を幸せにしたり、人のためになるようなことを考えて、実践していく必要はある。その結果、お金も巡ってくる。それは、オーナーに巡ってくるのと同時に、オーナーがアルバイトを安心して雇える経済的な余裕が安定してくれば、アルバイトにとっても収入が途絶えにくい強固な関係をつくることができる。
ではアルバイトは何をすればいいか。それは、
オーナーが実現させたいことを、お客さんを喜ばせながら、叶えてゆく。
そのために何をすればいいか。
それは、現場の意見を「オーナーに分かる形」で提案するということ。
例えば、オーナーが2人のスタッフを雇いながら店舗を運営している場合、オーナーにかかる負担は、スタッフ2人分の給料と家賃やシステム費など、なんやかんやお金がかかる。それを毎月支払えないと、営業をストップしなくちゃならなくなる。それは避けたい。
だから、売上をあげたくなる。どうして売上が出ないのかを知りたくなる。そして、現場のスタッフに伝える。
「売上あげたいから、単価をこのくらいに。」「どうして商品が売れないのかを教えて」「どうすれば売れるのかを考えてみて」と、どうしても「お金への執着が大きいような表現が多くなりがち」なのだ。
これは、致し方のないこと。これを、悪いと捉えるのか「オーナーとは、そういう性質をもつ関係値なのだ」と捉えているかでは、ずいぶんとその関係性の質に影響を与えると思う。
ぼくは後者をお勧めする。
だとすれば、現場のスタッフ(=アルバイトなど)は、現場の声をそのまま伝えるのではいけなくて、オーナーに分かる形で届けなくちゃいけない。
例えば、駐車場の位置がわかりにくい。という声があるとする。その改善策として、看板をつけるべきだというのは、真っ先にあげられる意見。では、その看板を取り付けるのに、考えなくてはならないこととは何か。もし仮に借りている駐車場であるなら、
- そもそも看板の取り付けは可能か不可能か
- どこにならつけても良いか。
- どんな人に見てもらうためにつけたいか。
- どんな向きでつけるか
- なぜつけた方がいいと思うのか
- つけた結果どうなると考えているのか
- どんなサイズでつけるか
- どのくらい費用がかかるのか
- どこに発注をすればいいのか
- どんな色がいいだろうか
など、考えなければいけないことや、大家さんと話をしたりといったより具体的な行動に時間をとられることもある。
そういった、手数も時間もかかるようなことを「手間」というけれど、オーナーはその「手間」をどれだけ取りたいか。答えは、1秒も取りたくない。だと、極端な意見としてはあると思う。
逆の立場で考えれば分かる。自分が誰かを雇っていて、給料を払って回してもらっているお店があるなら、お金を払っている相手に「これも、やっておいてもらおう」と考えるのは、いたって当然な発想で、アルバイトからオーナーに「これやっといてください(=駐車場に看板をつけてください。)」は、関係値も関係性も無視した、逆走行為といっても言い過ぎではない気がする。
ここまで分かると、何をすべきか分かる。アルバイトとして「看板をつけた方がいい」と思うなら、ノートに手で書くでもいいから、さっきリストに挙げたようなことの具体的な方策を書き出していく。それを提出する。この時に、例えば、業者さんに電話もしておいて、値段とかそういうことも検討しておく。そうすると、オーナーは自分の時間をつかわずに、バイトの給料でまかなえるから嬉しい。雇っているかいがあるもんだとなる。
そうすると、現場の意見も聞き入れやすくなってくるかもしれない。よりお客さんのためになるお店が少しずつできてくる。それは、現場にいる人が「オーナーに分かる形」で提案していくということができてやっと、前進できることかなと思う。
チェーン店がすごいのは、そういうリーダーをひとり立てて、下からの意見を集めて、上が決定しても現場に良い影響をあたえていけるところ。現場は常によりよくなっていく。
もし仮に、現場にアルバイトしかいないなら、アルバイトの中に「リーダー」という役割をもたせていくことがとても大事なんじゃないかと思う。
立場と関係性、関係値にひもづく役割。
そういうものをキチッと観察して、自分の立場から考えて、ものごとを変化させていくと、人生はもっと楽しくなるんじゃないかなーと思った次第でございます。
急に何の話だろうね。
では、今日も素敵な1日を🌿