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Still Alive. Be Happy.


旅する中学3年生。

どうも、izumikunです。

観光のお仕事をしていると、いろんな人に会います。観光のお仕事をしていなくても、いろんな人に会えるかもしれませんけれど、少なくとも「観光」というお仕事は、いろんな世界線を生きる人たちの避暑地のようなもので、その人の内側にある柔らかいところを垣間見れるような心地になることがあります。

この話につながるのか分かんないけど、旅する中学3年生に出会いました。横浜から来たと言っていましたが、中華街はあんまり行かないとのこと。少し前に、常滑にいる人はあまり、やきもの散歩道に来ないと聞きました。「あそこは、観光の人がいくところだからね。」と。これって結構、どこの地域でも似たようなもので、きっと普遍的な、概念的な、もっと抽象的な共通点なんだろうな。

どこかでみた研究の話。人はどのくらいの距離感の人に影響を受けるかって話があって、それによると、家族みたいな深くて近い関係からの気づきみたいなものは小さいんだって。意外にも、自分が影響を受けているのって、ちょっと距離が遠い存在だったりするみたい。

ちょっと違うかもしれないけれど、izumikunにとっては近い状況だなあって思うのは、近すぎて「うざいなあ」とさえ思っていた親がいたのに、学校をでて働き始めたり、パートナーに出会って結婚したりすると「親のことを尊敬してる」ってなったり(笑)

これって、今までは家族っていう仕事もプライベートもない「近すぎる存在」でしか距離感を測れなかったけど、実際に仕事を始めたり、結婚をして子育てを始めたりすると、実際にやってくれていたことの大きさに気づいて「ずいぶん遠い存在」に思えるからってことなのかなあと思うんです。

いつもそばにいるけど、遠くにいて届きそうにもない親の背中。ついつい「お父さんとお母さんって、どこで出会ったの?」なんて聞いてみたりする。

よく聞くけど、遠くて行ったことのない観光地。
遠くて近くて、近くて遠い。

人はちょっと遠いところに憧れをいだくのです。
常滑という街は、どうやらそういう場所なのかもしれませんね。

あー、旅する中学3年生の話は次に、続きます。

それでは。