大人の勉強夜会を、MEM.の実験場として考えよう。

いずみです。

いずみ古民家暮らし / DIY / 畑 / ブログ】

お仕事:MEM.喫茶Tokoname店主
急須を使って淹れる珈琲と菜食のごはんを提供しています。

時々、陶芸家、大工、藍染職人、お菓子屋さんのアシスタントもします。

ボランティアとして「家弁タイムズ」という子育てファミリーに(基本、無料で)お弁当を届ける活動や、子どもも大人も隔てなく対話する時間「ダイアローグ」の運営をしたりしています。


玄関で見送る「いってらっしゃい」のひと時。

まだ一緒に暮らし始めたころ、一人で出発するパートナーに手を振って「いってらっしゃい」と見送った。出て行った後の開け放たれた扉を閉める。扉ひとつ、勝手に閉まってくれることはない。いってらっしゃいと言葉にすること、そして、それを体で表すように、そこにいて、見送る。久しぶりに、そう言う朝に出会えた今日。


大人の勉強夜会を、MEM.の実験場として考えよう。

日本人の1日の勉強時間は6分というデータ

そう言うものがあると知って「これじゃあ、子どもたちにかっこいい大人の背中を見せられない!」「かっこいい大人の背中を見せつけたい!」と思って、始めました。

ふだんMEM.では夜の営業は行っていませんが、夜にオープンすることで、

  • 自宅じゃ集中できない人
  • 誰かと一緒にやった方が集中できる人

向けに「うちで勉強できるよ=」とメッセージを発しました。

それが、毎週月曜日の夜にやる「大人の勉強夜会」です。

人、こない。

最初は来てくれました。なんか面白そうなことやってるねーと足を運んでくれました。会う人からも「あれ、どういうイベントなのー?いってみたい!」と言う声がありました。でもそれは、

「自学自習したい!」

という明確な目的や学びへの意識がある声ではなく「何を学ばせてもらえるものなの?」という意識を感じるものでした。

受け身の姿勢ではなく、自主的な学び、学ぶことの楽しさを一緒にやっていきたいと思っていたけれど、どうやらそこがずれていたんだなと思います。

実際、お話しして終わることも多い。

いずみやアリーと話がしたくて足を運んでくれる人も多かったので、お話しして終わりということもありました。本当は、それぞれで学んで、学んだことを人に話して、より深ぼるように尋ねたりするコミュニケーションを通して、学びがより楽しくなったりしていけばいいなと思っていました。

でも、実際は、お話しして終わり。そういうことも少なくなかったです。

学びとはなんだろう?と改めて考えてみた。

考えてみると

  • 生活を支えるための学び(スキルを高める系)
  • 生活に彩りをつくる学び(趣味が上達する系)
  • 娯楽としての学び(娯楽・雑学系)

こんな感じがある気がするのと、

「姿勢」という側面で考えてみると

  • 自分の学びたいことを自分で学べる(独学系)
  • 自分の学びたいことを誰かに教えてもらう(授業系)
  • 学んだことを誰かに教えたい(講師系)
  • 誰かと話をしているうちに学びがある(雑談系)
  • 座学ではなく「やってみる」で学びたい(経験系)

こんな感じでしょうか。

この組み合わせでちょうどいいところでみんな学びを深めているような気がしています。

それと、学んでいることを

  • 伝えたい人 もいるし
  • 一人で黙々とやりたい人 もいる。

だから、本を読むだけなら、家でやったらええやん。という人が多いのかもしれない。

MEM.として学びたいことは何か

正直、やりたいことがありすぎて、時間がない。

でも学びたいこともある。だからこそ「今日は学ぶぞ!」ということで「大人の勉強夜会」と銘打って時間を空けて取り組んでいる。

座学。そういう意識でいた。「勉強」という言葉にとらわれていたのかもしれない。自分で思い込んでいたのかもしれない。

でも学びにはいくつもの方法がある。

ぼくが今やりたいことを学びの中心において、それを一緒に学んでみたい人を募集してみることにしよう。

まず第一に「コーヒー豆の観察」から始めたい。ニッチなことだけれど、たぶん、一人でやろうと思ってもなかなかできないことだ。珈琲扱ってるんだからやって当然のことを、みんなと一緒にやっていこう。

観察し、記録し、記録をもとに新しい実験する。

このサイクルで進めてみたい。他にも「入りやすいお店とは何か」とか「珈琲の保存の実験」とかそういうことをやってみよう。

ということで次の「大人の勉強夜会」は「コーヒーを観察してみよう」にする。

この企画の詰め作業は、明日の記事に書きます。

おわりに:

以上、いずみでした。

それではみなさま
今日も素敵な1日をー。