先回りすると、能力の開花を遅らせる。

どうも、izumikunです。

向こうのテーブルに置いてあるドレッシングをとろうと思って立とうとした瞬間に、兄がドレッシングに手を伸ばしたのが見えたので、ぼくは服を直すフリをして座って水をひと口。ふうっ。と一息ついていると、目の前にドレッシングがあらわれた。兄が無言でスッと寄せてくれたのです。ああ、やっぱり兄弟だなあと思いました。どうしても僕たちは、気づいてしまうことがある。

思考回路

この人は今こういうことをしようとして、それを自分が遮ったかもしれないから、自分が使った後にはその人にこれを回そう。

だなんて「先回り」することが日常で、そういうものだという感覚がある。これは、優しさだとか気遣いだとか配慮だとか、そういうテイのいい言葉で表せるものではなく「気付いてしまう癖」といった感じ。無意識の所業なのです。

これは、良い方にも悪い方にも働きます。

良い方に働くと、気付いてしまったことと相手がしたいことが一致しているので、スムーズなコミュニケーションが取れたりします。でも、悪い方に働くと、先回りしてしまうことで相手の気づきを邪魔しちゃうことがあります。

例えば、自分一人の力でものごとを進めてきてしまった人が何か壁に当たっていたとします。そしたら、その人がした方がいいのは、誰かに頼ってみるってことだと思います。頼るっていうのは、話を聞いたり、一緒に考えてもらったり、一緒に道を歩いてもらったりすることです。そうすることで、自分だけでは気づけなかったことに気づけたりするわけです。そういう「頼る練習」が必要な人に、スッとドレッシングを出すことは全然優しさなんかじゃないんですね。攻略できないゲームがあるなあと思って、攻略本をスッと出すことはなんの助けにもなっていない。

攻略していくべきなのは、ゲームではなく「頼れない自分を、頼れる自分に向かわせる方法を探ること」なので。

そんな感じで、先回りをして何かをすることは誰かの成長とか誰かの挑戦を邪魔することになりうるんですね。それはつまり、その人の成長を止めてしまうということです。これは、大きな罪になりうる。

そんなことを最近よく思うので、アンテナが立っているんだと思いますが、同じ日のお昼に面白い話を聞いて、自分の感覚は間違っていないことを確認しました。

どういうことかお話しすると、今日はmem.coffeeとしてコーヒー出店をしていたんです。そこには、ぼくの知り合いの和カフェがお子さんを連れてお弁当を販売してくださっていたんです。いつもお子さんと一緒にいるんだけど、ふと「とって。」ってお子さんが言ったんです。そしたらみんなが「おー!その言葉は初めてだ!」ってみんなで笑ってたんですね。その後に、ママさんが

ママさん

うちの子、あんまり言葉を言わないんですよね〜。なんか、わたしたちが、あの子のジェスチャーだけで何を言ってるか分かるから、先回りしてやっちゃってて。話さなくてもなんとかなっちゃうからで、、、。あんまり先回りしてやらない方がいいって聞きますけどね。えへへ。

って言ってて、izumikunが感じていた「”先回りすると、成長を邪魔する”っていう感覚って、真理じゃん」って思いました。子育てにおいても同じってことは、どんなライフステージにいる人に対しても同じことが言えるってことで、人間の普遍的な性質ってことでしょうね。

他人に対して先回りして手を差し伸べると、その人の成長を止めちゃうから気をつけて行こうと思います。これ逆の立場からも似たようなことが言えます。

兄と「夢をかなえるゾウ」のドラマを見てたんですけど、水川あさみシーズンの11話くらいでガネーシャが「そんなに期待してもらっても困るわ」ってセリフを言うんですよ。ガネーシャが消えてしまうと言うことがわかった水川あさみが、あれやこれや文句は行ってたけれどまだまだガネーシャの助けが必要なんだよ!って伝えた返事として「期待するな」って応えてるんですね。

これって、水川あさみが「私だって、できるじゃん」って思っていたのが「実はガネーシャに頼っていたからできていたこと」だったんだってことを証明された瞬間ですよね。つまり、先回りしてアドバイスをされてきた側からすると、自分の実力以上に自分が大きく認識されていくということです。でもそれは、誰かへの期待ありきのもの。意識だけが先回りして自分を大きく見せてくれるけど、実力や現実はあまり想像よりかは進んでいなかったり。

とかく、誰かの先回りは、めぐりめぐって能力の開花を遅らせるってことですね。

眠たいながら描いたから、ちょっとめちゃくちゃだね。

それでは。

※シェアハウスの話が激ムズすぎて、勉強になる。ありがたいです。