10,240 STILL ALIVE

2番のAメロが好き。

(聞きながら、読めるよ。)

1日1つだけ、片付けると決める。

そうすると、気づけば部屋ってのは片付いているもの。1年かかっても、2年かかっても。1つでは足らずに、2つ3つと拾ってしまうもの。人は、動くかどうかを考えて動くよりも、動いていることで動きたくなる性質をもつ、とても不思議な生き物だ。止まっているものが動くのではない。動いているものが止まるのだ。歩くというのは「少し止まる」と書く。しかして順当に上から意味を解釈すれば「止まるのは、少しだけ」というわけだ。つまり歩くとは「動いている状態から、少し止まっても、また動き出す」ということ。

だからこそ、1つ拾って止まっては、またひとつひとつと拾ってゆく。そういうことでいい。進むってのは、進み続けることじゃあない。止まることもまた、進むことのひとつ。

今またいだそのティッシュケースを、ひろう。それでいい。それだけでいい。今日のその一つの動きを、明日もまたやってみる。次は、使い終わったタオルかも。その次は、脱ぎっぱなしの靴下か。

1日1つでいい。

そんなことを思いながら、お出かけのために開けた玄関を一旦閉めて、家の中へ戻った。

起きたときすっごくだるかったけども。
そんな1日の始まりでした。

藍染のお仕事 4回目

今日はワークショップイベントの補助スタッフと、藍染てぬぐい10枚の本染をしました。

「自由研究に藍染を研究したい小学生を大募集!」と題して、小学生向けの藍染ワークショップを開催!その補助スタッフをしました。

「未来に何を残せるかー。甥っ子に何を残せるかー。」というのが中心的な課題として考えているぼくとしては、自由研究として藍染のワークショップがあることは、とっても素敵なことだなあと思いました。実際、参加してくれた4人の小学生たちにも、スクリーンではわからないことが届いたんじゃないかなと思います。

藍の匂い
藍の手触り
藍の色合い
藍の形状変化
藍の模様

なぜ染まるか
染まらないのはなぜか
どのくらい時間のかかることなのか
体にかかる負担はどのくらいか

そういうことを情報でもデータでもなく、経験値として得てくれているのがよくわかって、とっても嬉しかった!

(子どもたちの自由研究をそれなりに上手に提出したいという親御さんの思いからくるものも相まって)親御さんからの積極的な質問もあったりして「親が学ぼうとする姿勢」もちょっぴり見せる機会にもなって、これまた嬉しかった!

ただ、先日見た映画「ぼくたちの哲学教室」での学びを踏まえれば、ワンクッション置いて「どんな質問の仕方があるのかを伝える時間」をつくって、子どもたちの質問力を高めながらできたら、もっと有意義だろうなあとも思いました。そうすると、疑問に思うポイントがわかって、次につながる。何かをしたいと思う原動力はむしろ「疑念」にさえあると思う。どうしてだろうっていう問いを立てることが、原動力になる。

それはつまり「藍をもっとやりたい!」につながる可能性がある。

どうしたらもっと真っ直ぐに染めれるんだろう
どうしたら綺麗なグラデーションが出せるんだろう
どうしたら複雑な柄を描けるんだろう
どうしたら濃淡をつけられるんだろう
どうしたら葉っぱがこの色になるんだろう

そういう疑問、問い。

おそらくその能力を鍛えてないから「質問ありますか?」に対する応答がないんじゃないかって思う。だからこそ、そういう時間を作れる人がクッションとして入ったらいいんじゃないかなーって思いました。

何にせよ、楽しかったなあ。

午後からは、てぬぐいを10枚ほど本染しました。

たまたま来てくださった方から「手慣れてるねえ!説明もできるし本当にカフェのオーナー??」と言われるくらいには、それっぽく見えているらしい。

でも正直わからないこといっぱいだし、 見よう見まねでやってるところが多い。ただ「肩書きひとつの人生、じゃないところにいる」って思えて、それはそれで嬉しかったな。むしろ、やりたいって思える仕事の一つだなって思ってる。

ただね、前回までは思わなかったけど、今回は、すっごく疲れた!水仕事ってどういうわけかエネルギー持ってかれるなあって感じで、作業終わった時、ちょっと寝てしまった。笑 ワークショップの中で「私はもともとスポーツやってたからできる仕事」って言ったのが、とっても腑に落ちたよ。

明日は、今一番会いたい人まさひろくんと一緒に藍のお仕事をする日。

楽しみだ。

事前の説明、フィードバックの大切さ。

今、どういう状況なのかーを伝えることはとても大事。そして、実際に起きた結果に対して、どのように感じているかを伝えることはとても大事。

事前の説明
フィードバック

これをしないと「現状良いところ」と「現状よくないところ」を判別することが難しくて「改善」ができない。「よかったよー」「これで十分だよ!」では、フィードバックにはならないんだよね。「今回はこれでいい。ただ、次回からはこういう工夫があっても嬉しいな!」そう一言行ってくれるだけで「次も頑張ろう」って思える。

大人になったら何も言ってくれないよ。とよく日本人の大人たちはいうけれど、それは間違った見方だと思う。大人になったからこそ、むしろ言葉を尽くして、現状を伝え合って、フィードバックをしあう必要があると思う。

いいねいいね、じゃ終われない。
大丈夫大丈夫、じゃ進めない。

そして、

事前の説明もないし、フィードバックもないから「ダメ」だ。

そういう人も、おかしい。

事前の説明がないなら、欲しいと伝える必要がある。フィードバックが欲しいと伝える必要がある。それで届かないなら、もっと具体的に尋ねる必要がある。答えてもらえない現場なら、離れたっていい。答えてもらえないことにイライラしてる時間は、僕らには用意されていないからね。

答えてもらえるところに行くしか道はない。人は変わっちゃくれない。自分が少し変われば、世界はガラッと変わるもの。だから、フィードバックが欲しいときは「フィードバックが欲しい。なぜなら、不安があるから。不安がある中で仕事をしているから。でも、不安がなくなれば仕事が捗る。そのためには改善点が欲しい。そのためにはフィードバックが欲しい。つまり、あなたの協力が必要なんだ。」そういう意図を持った態度(発言)が必要。

そういう「お互い様」の上で、仕事は成り立ってる。

言ってくれたらいいのに。
と思うなら、それを言えばいい。

お互い様。1日ひとつ進んだらいいね。

そういうわけで

今日も素敵な1日をー。
明日はゴミの日だからね、忘れずに出そう。

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